1994年F1第三戦 サンマリノグランプリ。イモラサーキットは悪霊にとり付かれていたかのごとく不運続きでした。予選1日目にルーベンス・バリチェロが事故。幸い軽傷で済んだものの、予選2日目にはローランド・ラッツェンバーガーが事故死してしまいました。そして決勝レース、セナはポール・ポジションからスタートしました。

後続車の事故で一時中断後、再開した7週目・・・312km/hで走行中にグリップを失い、高速コーナーをそのまま直進でし・・・。

この映像はセナの当日のラスト・ラップから事故にいたるまでの、非常に貴重な、けれど痛ましいオンボードカメラのものです。

セナは1987年、ロータスHONDAに移籍し、中島悟のチームメートでした。そこからHONDAとセナの蜜月時代となり、それは両者のF1における黄金時代の幕開けとなりました。

いまでも当時の模様を思い出すと、目頭が熱くなりますね。